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施設職員の方より頂いたご相談
利用者の転倒事故が発生した介護施設に対しご家族が損害賠償請求訴訟を起こした、という内容のネット記事を読んでいたら、中にはこうした事故で施設だけでなく対応にあたったケアマネやヘルパー個人も訴えられることもあると書かれていました。私もヘルパーとして働いており、自分が裁判に関わるかもしれないとは考えたくもないですが、もし利用者のご家族に訴えられてしまったらその後はどうやって進むものなのか、知っておきたいです。
弁護士の回答
職員個人が訴えられるといっても、実際は施設(を運営する社会福祉法人や医療法人等)と連名で被告となることが大半です。
その前提でまず手続面の説明をしますと、はじめに裁判所から提訴された人(被告)の自宅住所に訴状が送られます。ただし、提訴するご家族の方々は職員個人の住所まで知らないことが普通ですから、施設宛の訴状と併せて施設に送付されることになるでしょう。次に、訴状を受け取ったら裁判所に答弁書を提出します。共同の被告である施設についた弁護士が職員の分もまとめて用意してくれると思いますが、被告側が何もしないでいるとご家族側の主張がそのまま認められる判決が出てしまいますので注意しましょう。無事に答弁書を提出した後、訴状に同封された呼出状記載の日を迎えると口頭弁論期日が行われますが、弁護士が代わりに裁判所に出頭することができますので、ご本人が裁判所に行く必要はありません。ただし、手続がさらに進み「当事者尋問」「証人尋問」が行われる際には、ご本人による裁判所での証言が必要になります。途中で裁判所の勧告または当事者の申出により「和解」をするか、一連の審理を経て心証を形成した裁判官が「判決」を下すことで訴訟は終了します。
もっとも、職員の皆様が一番気がかりなのは、職員個人のミスが原因で起こった事故について、個人に賠償金(または和解した場合の解決金)の支払いが求められるのか、という点だと思います。一個人で支払うには高額なものではありますが、通常は一緒に賠償責任を負っている施設が加入している保険から全額支払われます。
たしかに、施設の就業規則には「職員が利用者や第三者に損害を与えた場合は法人と連帯してその賠償をする」旨の規定があることも多いです。そのため、理屈としては「職員と施設とで責任割合に応じて賠償額を分担する」という処理もありえるところなのですが、労働者の立場は法律上も強く保護されていますから、実際に施設から職員へ「賠償金の一部を支払ってほしい」と要求することはまずないでしょう。
補足:施設と職員への損害賠償請求の法的根拠
1 基本的な考え方
介護事故のうち転倒事故の原因が、例えば「利用者の歩行能力の不安を認識していた状況下で必要な介助を怠った」というような職員の不注意(過失)にあった、と仮定します。
こうした事例では、過失の主体である職員個人は法的には不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)を負うことになります。そしてこのとき、施設はその職員を使用して利益を得ていること(報償責任)、および職員を使用して事故の危険を発生させていること(危険責任)に基づく賠償責任を負います。これを「使用者責任」(民法715条)と言います。
さらに施設は、利用者と介護サービス利用に関して締結した契約上の義務に反したという債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)も負い、利用者側は使用者責任と債務不履行のいずれを根拠に賠償請求をしてもよいとされています(他方で、職員個人は利用者と直接契約しているわけではないので債務不履行を問われることはありません)。
民法には使用者の免責事由も定められていますが、実務上従業員の過失により発生した介護事故において施設の免責が認められることは皆無といって良く、また、一般的に職員個人に利用者に生じた損害を補填する(=賠償金を支払う)資力があるとは考え難いです。そのため、損害を被った利用者やご家族視点でみて裁判をするとした場合、職員個人だけを訴えることは現実的とはいえないのです。
2 裁判例(東京地方裁判所平成25年10月25日)
例えば、転倒の事故での裁判例として、以下のような事案がありました。
かなり高額な賠償額が認めらえた事例となります。
⑴ 事案
利用者と訪問介護契約を締結している事業所で、その事業所で働く介護士が利用者の自宅に行って利用者と病院との間を送迎していました。
介護士は、自宅の玄関の段差に立っている利用者に靴を履かせた後、利用者に対してそのまま待つように指示してその場を離れて外に出ました。
しかし、介護士が玄関の外に出ている間に利用者が玄関土間に転倒してしまい、左大腿骨の骨折し、結果として死亡しました。
⑵ 判決
裁判の結果、事業所の安全配慮義務違反が認められ、事業所に対して、1726万円余りの賠償額の責任が認められました。
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