裁判例から見る介護事故の類型別対応策③:誤嚥事故の対処法・裁判例

誤嚥事故について

  • 食事中の介護事故を防ぐためにはどのような対策を取ると良いだろうか
  • 食事介助中に起きてしまった事故につき施設はどのような責任を負うのか

こういった疑問をお持ちの介護事業者様はいらっしゃいませんか?

介護サービスを利用される高齢者の中には嚥下機能が低下している方もいらっしゃるため、食事介助中は誤嚥事故の危険と常に隣りあわせといえるでしょう。また、利用者は自ら異常を訴えることが出来ない、あるいは異常を訴える素振りが周りに伝わりづらいことも多く、特に一人の職員が複数の利用者を介助しているような場合には、窒息状態になっていることに気づくのが遅れてしまった結果、利用者が意識不明に陥ったりそのまま亡くなってしまうなど深刻な結果を引き起こしてしまうおそれがあります。

そして、万が一こうした事故が発生してしまうと、介護事業者が損害賠償責任などの法的責任を追及されることもあります。

そこで、こちらでは札幌市近郊で介護事業者への顧問に特化している弁護士が、誤嚥事故における介護事業者の損害賠償責任について、裁判例も踏まえてご説明いたします。

誤嚥事故により事業者が負う法的責任

誤嚥事故により介護事業者が負う責任のうち、最も問題となるのは民事上の責任、すなわち損害賠償責任です。

介護サービスを提供するにあたって、介護事業者は利用者に対する安全配慮義務を負い、事故の危険を予見できる状況において事故結果回避のための措置を取らなければこうした義務を尽くさなかったとされます。そして、事故が安全配慮義務を尽くさなかったことが原因で起こったとき、介護事業者が利用者に生じた損害についての賠償責任を負います(民法第415条)。また、安全配慮義務を怠った行為が介護を担当する従業員の過失と評価されて不法行為(民法第709条)が成立し、その使用者である事業者が使用者責任に基づく損害賠償責任を負うことにもあります(民法第715条)。

(なお、介護事故における介護事業者の責任については、他にも業務上過失致死傷罪が問われるなど刑事上の責任となるケースや、地方公共団体からの指定の取り消し等の行政上の責任が問題となるケースもありますが、こちらの記事では損害賠償責任につき説明していきます。)

誤嚥事故に関する裁判例

発生した事故が、そもそも予想しえないような突発的な事故(予見可能性がなかった場合)や、介護事業者として通常求められる程度の安全配慮を尽くしても防ぐことが出来なかった事故(事故結果につき回避可能性がなかった場合)であれば、これにより生じた損害につき介護事業者が賠償責任を負うことはありません。

もっとも、裁判例においては、介護事業者は介護サービスを専門的に提供するものであり、その従業員も介護の専門知識を有しているべきであることから、一般的に介護事故防止のために事業者が尽くすべき安全配慮義務(注意義務)はより高度なものが要求されています。こちらでは、誤嚥事故につき事業者の責任を否定したものと肯定したもの、2つの裁判例を紹介いたします。

東京地方裁判所平成22年7月28日判決

【事案の概要】

アルツハイマー型認知症であり、Yの経営する有料老人ホームに入居していたXが、同老人ホーム(本件施設)で食事中に食物を誤飲し、職員が発見したときには意識不明の状態となっており(本件事故)、付近の病院に搬送されたが、意識が戻らないまま死亡した。そこで、Xの子らが、Yに対し、Xの死亡がYの職員の注意義務違反によるものであるとして、Yに対して債務不履行(民法第415条)に基づく損害賠償を求めた。

【裁判所の判断】

裁判所は、Yに以下のような契約上の安全配慮義務があったと認めたものの、Yには誤嚥による窒息死について予見可能性がなかったことから、Yの賠償責任を否定し、請求を棄却しました。

(介護事業者が負う安全配慮義務の内容)

・XとYとの間で締結した介護サービス利用契約の内容に照らせば、Yは、本件契約に基づき、Xへの介護サービスに当たって、Xの生命、身体、生活環境の安全確保に適切に配慮する義務を負っていたものと解される

(Yの安全配慮義務違反の有無について)

・本件施設への入居に際してYに差し入れられる入居申込書には、入居者の家族がYに対し、入居者の状態や注意事項等を伝えるための記載欄が設けられているところ、本件では家族によって同欄に、Xに誤嚥のおそれや兆候があるとの特段の記載はない。また、Xが本件施設に入居した後、本件事故に至るまでの間に、Xの家族らから、Yに対し、Xに誤嚥のおそれや兆候がある旨の連絡がなされたことも認められない。
そして、Xは本件施設において、食事介助を受けたのは本件事故前の約3か月間で10日程度であり、通常は自力で食事をしていたほか、職員らが記録していた介護日誌や看護記録を見ても、嚥下機能の低下をうかがわせる具体的症状が観察されたとの記載はない。また、入居者に対し月に1、2回程度行われる定期検診や、けがの治療や健康診断のために複数回病院に通院し診察を受けた際も、医師から誤嚥のおそれがある旨の指摘がされたり、誤嚥防止のため食事内容の変更や食事の際の介助の方法について具体的な指示がされたこともない。
以上の状況に照らせば、Yが、Xについて、誤嚥による窒息が生じる危険があることを具体的に予見することは困難であったというべきである。そうすると、Yが、Xについて誤嚥防止のために具体的に食事の調理方法や食事形態を改善すべき義務や、常時食事の介助を行い、又は食事の開始から終了までを逐一見守るべき義務まで負っていたと認めることはできない。

本件事故の際Xは常食の提供を受けており、Yから、食事内容に関し、嚥下機能の低下に対応するための特段の配慮を受けていたようなことはなく、また、常時食事の介助を受けていたことも、食事の開始から終了までを逐一見守るような措置を講じられていたこともなかったが、これをもってYが本件契約に基づく義務に違反したとすることはできない。

熊本地方裁判所平成30年2月19日判決

【事案の概要】

社会福祉法人Y運営の特養ホーム(本件施設)に入所していたXは、本件施設作成の「施設サービス計画書」や協力医療機関の診療情報提供書において、「毎食後の口腔ケアにより誤嚥性肺炎を防ぐ」、「誤嚥性肺炎を起こしやすい」旨の記載がされていたところ、食事中に食事介助中の職員が席を外した後に誤嚥による冷汗症状を呈し、救急搬送中に心肺停止に陥った(本件事故)。Xは心肺蘇生法による心拍再開後も意識障害が継続し、搬送先の病院で低酸素性脳症と診断された。そこで、Xが、Yの契約上の安全配慮義務違反によるものであるとして、債務不履行による損害賠償を求めた。

【裁判所の判断】

裁判所は以下の通り、Yに契約上の義務があったとし、職員の食事介助の態様は誤嚥を引き起こす危険の大きい不適切なものであることを理由に、入所契約上の義務違反に基づくYの賠償責任を認めました。

(介護事業者が負う安全配慮義務の内容および義務違反の有無について)

・Yは、本件入所契約に基づき、Xの身体の安全に配慮して適切な態様で食事介助のサービスを提供する義務を負っていた

・食事中にしゃっくりが出始めた場合には咽頭に食物が残っているタイミングでしゃっくりが生じることで食物を誤嚥する危険が大きく、直ちに食事介助を中断してしゃっくりが収まるまで一切の食物の提供を停止すべきであること、また、Xは医師からも特に誤嚥の危険を指摘されていたことから、Xの食事介助を行うにあたっては、一口ごとに嚥下を確認し、少なくとも食事介助の終了時には口腔に食物が残っていないことを確認する必要があり、とりわけ食事介助の終了時にしゃっくりが継続している場合には、口腔に食物が残っていないことを確認する必要が非常に高い。
食事介助を担当していた職員は、Xの食事介助中に出始めたしゃっくりが収まっていないにもかかわらず、すまし汁等の流動性の高い食物を与える食事介助を継続し、その継続中にしゃっくりが強くなったにもかかわらず、食事介助の終了時にXの口腔に食物が残っていないことを確認せずに離席していたものであり、このような食事介助の態様は誤嚥を引き起こす危険の大きい不適切なものである。したがって、Yの履行補助者である職員は上記義務を履行しなかったものといわざるを得ず、Yには、本件入所契約上の義務違反が認められる。

両判決の判断の分かれ目

東京地裁、熊本地裁の判決をご紹介しましたが、両判決が契約上の安全配慮義務違反について判断を分けたのは、それぞれの事案における、食事介助当時の事故の予見可能性および結果回避可能性の有無にあります。

すでに述べた通り、安全配慮義務違反が認められるためには、(ⅰ)事故の危険を予見可能な状況にあり、かつ、(ⅱ)事故結果回避のための措置をとることができたのにそれを怠った、といえる必要があります。しかし、東京地裁判決は(ⅰ)予見可能性の判断において、これまで当該利用者に嚥下機能の低下をうかがわせる具体的症状が確認されていなかったことを理由に職員が誤嚥について予見することは困難としたため、介護事業者の安全配慮義務違反を認めなかったということになります。

これに対し、介護事業者の責任を肯定した熊本地裁の判決の事案は、当該利用者が誤嚥を起こしやすい状態であることを施設や主治医作成の書面を通じて職員たちも把握していた、そして、事故直前に利用者にしゃっくりが出ていた、というものですから、裁判所は利用者が誤嚥を起こすという危険に対する職員の予見可能性を認めたといえます。そのうえで、熊本地裁判決は(ⅱ)結果回避可能性についても、嚥下機能が低下している方は口腔内に食物をためてしまうことがあるため、食事介助後に口内に食物が残っていないかどうかを確認すれば誤嚥を防ぐことが出来た可能性は高いという考えを前提に、そうした確認をせず離席した職員の安全配慮義務違反を認定しました。

介護事故対策に弁護士法人リブラ共同法律事務所の「介護顧問」をご活用ください

もし、訴訟で介護中の事故についての責任を追及されると、事業者においては長時間にわたる訴訟対応が必要となるだけでなく、賠償責任が認められると多額な金銭の支払いを強いられてしまいます。また、従業員の方も裁判所における証人尋問に出頭しなければならないなど、大きなストレスに晒されることになります。

ここまで見てきた裁判例においても、介護事業者が介護契約上負担する義務の内容はサービス提供の技術水準に照らして厳しく判断されており、介護事業者においてはできる限りの対策をして入居者の安全に配慮できる体制を整える必要があります。また、万が一事故が起きてしまったときに、誤った対応により損害を拡大させたり、ご利用者らの不信感を募らせたりしないように普段から準備しておくことも重要です。

そこで、弁護士法人リブラ共同法律事務所の、介護事業者様向けのサービスに特化した「介護顧問」をご活用ください。

当事務所の「介護顧問」は、介護業界特有の労務問題や事故・クレーム対応、従業員の方への法的支援(EAP)、ご利用者への法的支援、といったサービスを弁護士が介護施設の顧問としてご提供するものです。介護事故を巡る対応についても、万が一事故が起こった際の関係者との連絡、示談交渉、訴訟対応につき弁護士にお任せいただけるのはもちろん、予防法務の見地から、介護サービス利用契約書等のリーガルチェックや、関連法規や裁判例だけでなく顧問先事業者様の実情も考慮した事故対応マニュアルの作成・運用のサポートをさせていただきます。また、従業員の方向けの介護事故を想定した定期的な研修を開催することで、対応にあたる従業員の方の精神的負担を軽減し、定着率の向上を図ることも可能です。

介護事故対策にお悩みの介護事業者様は、札幌市近郊で介護事業者向けの顧問に特化している弁護士法人リブラ共同法律事務所へぜひご相談ください。

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