裁判例から見る介護事故の類型別対応策①:入浴事故

裁判例から見る介護事故の類型別対応策①:入浴事故

  • 「入浴中の介護事故を防ぐためにはどのような対策を取ると良いだろうか」
  • 「入浴介助中に事故が起きてしまったら施設などのような責任を負うのか」

こういった疑問をお持ちの介護事業者様はいらっしゃいませんか?

介護の現場において、浴室は特に事故が起こりやすい場所です。

高齢であることから身体の機能が弱っていることの多い介護施設の利用者の場合、浴室においては転倒の恐れがあるだけではなく、入浴中に溺れたり体調を崩してしまったりする危険がありますし、その中には命にかかわる重大な事故にまでつながるケースもあります。そして、万が一こうした事故が発生してしまうと、介護事業者が損害賠償責任などの法的責任を追及されることもあります。

そこで、こちらでは札幌市近郊で介護事業者への顧問に特化している弁護士が、入浴中の介護事故による介護事業者の損害賠償責任について、裁判例も踏まえてご説明いたします。

介護事故により事業者が負う法的責任

入浴中の事故により介護事業者が負う責任のうち、最も問題となるのは民事上の責任、すなわち損害賠償責任です。

介護サービスを提供するにあたって、介護事業者は利用者に対する安全配慮義務を負い、事故の危険を予測できる状況において事故回避のための措置を取らなければこうした義務を尽くさなかったとされます。そして、事故が安全配慮義務を尽くさなかったことが原因で起こったとき、介護事業者が利用者に生じた損害についての賠償責任を負います(民法第415条)。また、安全配慮義務を怠った行為が介護を担当する従業員の過失と評価されて不法行為(民法第709条)が成立し、その使用者である事業者が使用者責任に基づく損害賠償責任を負うこともあります(民法第715条)。

(なお、介護事故における介護事業者の責任については、他にも業務上過失致死傷罪が問われるなど刑事上の責任となるケースや、地方公共団体からの指定の取り消し等の行政上の責任が問題となるケースもありますが、こちらの記事では損害賠償責任につき説明していきます。)

入浴中の事故に関する裁判例

発生した事故がそもそも予想しえないような突発的な事故(予見可能性がなかった場合)や、介護事業者として通常求められる程度の安全配慮を尽くしても防ぐことが出来なかった事故(事故結果につき回避可能性がなかった場合)により損害が生じたのであれば、介護事業者が賠償責任を負うことはありません。

ですが、裁判例においては、介護事業者は介護サービスを専門的に提供するものであり、その従業員も介護の専門知識を有しているべきであることから、介護事故防止のために事業者が尽くすべき安全配慮義務(注意義務)の程度は高度なものが要求されています。

そこで、以下では入浴中の事故につき、事業者の注意義務について判断している裁判例をいくつか紹介いたします。

岡山地方裁判所平成22年10月25日判決

【事案の概要】

認知症の症状が出ており、徘徊傾向を有していたことから法人Yの経営する老人保健施設(本件施設)に入所していたXが、深夜に職員たちに気づかれることなく施設内の浴室に入り込み、自ら給湯栓を調整して湯を満たした浴槽内で心肺停止状態に陥り、その後死亡した(本件事故)。そこで、Xの子らが、Yに対し、Xの死亡がYの職員に注意義務違反によるものであるとして、Yに対して使用者責任(民法第715条)に基づく損害賠償を求めた。

【裁判所の判断】

裁判所は、入所者の事故回避についてどのような措置を行うかについて、入所者の疾患・行動等の状態、具体的に予見される危険の原因・内容、施設の規模や性質、職員の人数・配置などを総合して具体的に判断されるべきとの見解から、以下のように注意義務の内容を施設管理義務と解し、本件事故におけるYの責任を認めました。

(注意義務の内容)

・本件施設の入居者の多くはX同様に認知症に罹患していて、かつ、徘徊傾向を有していた。しかし、本件事故発生当時の入居者数は34名である一方で、同日に勤務していた本件施設職員数は5名であった。そのため、本件事故当時、Yの職員により、全入居者について間断なくその動静を見守ることまでは事実上困難であったと認めざるを得ないものの、Yには、「適正な数の職員を配置し、入居者の動静を見守る努力を傾注するとともに、本件施設中、入居者が勝手に入り込んで利用するようなことがあれば、入居者の生命身体に危険が及ぶ可能性がある設備ないし場所を適正に管理する責任」があった

(Yの注意義務違反の有無について)

・たとえ本件事故発生前においてXが勝手に浴室に入ろうとしたことがなく、これまで同種の事故がなかったことを前提としても、徘徊傾向を有する入居者が浴室内に進入することは予見可能であった。また、「浴室は、認知症に陥っている入居者が勝手に利用すれば、濡れた床面で転倒し骨折することもあるし、急激な温度の変化により血圧が急変したりして心臓に大きな負担がかかるのみならず、湯の温度調整を誤ればやけどの危険性もあり、さらには利用者が浴槽内で眠ってしまうことにより溺死するなどの事故が発生するおそれも認められるのであるから,具体的な危険性を有する設備に該当」し、Yもそのような危険性を認識していた。

それにもかかわらず、本件事故当時、浴室と隣接する浴室との間の扉と脱衣室から本件浴室へ入る扉のいずれも施錠されていなかったのだから、Yには施設管理義務違反が認められる。

青森地方裁判所弘前支部平成24年12月5日判決

【事案の概要】

社会福祉法人Yの運営する老人デイサービスを利用していた高齢者Xが、入浴介護サービスの利用中に浴室内で転倒した(本件事故)。本件事故後Xは左大腿骨転子部骨折と診断され、さらに股関節の機能障害という後遺症を負った。Xは本件事故はYの転倒防止義務違反によるものであるとして、Yに対して通所介護利用契約上の債務不履行(民法第415条)による損害賠償を求めた。

【裁判所の判断】

裁判所は以下の通り、入浴介助時には転倒の危険が類型的に高いことや、利用者にある程度の挙動傾向が認められる状況から、事業者にはより高い注意義務が課せられているとしたうえで、本件事故におけるYの責任を認めました。

(介護事業者が負う注意義務の内容)

・「介護事業所の担当者としては、浴室という湯水や洗剤等により滑りやすい危険な場所において、一般的に身体能力が低下し刺激に対する反応性も鈍化している高齢者に対して入浴介助を行う際には、対象者の見守りを十全に行うなどして対象者の転倒を防止する義務がある」

・「日常的な自立歩行は困難であるものの、ある程度の挙動傾向のみられる対象者については、より転倒の危険が高いといえるのであるから、自立歩行可能な対象者に比べて更に高度の注意を払う必要があり、具体的には、対象者から目を離さないようにするとか、一時的に目を離す場合には、代わりの者に見守りを依頼したり、ひとまず対象者を転倒のおそれのない状態にすることを最優先とするなどの措置を取る義務があったというべき」

(Yの注意義務違反の有無について)

Yは、Xが「デイサービス利用時に比べ下肢機能が回復しており、つかまり立ちや簡易トイレへの移乗などを行うことができるようになっていたこと、車椅子への移乗の際は待ちきれずに不安定な体勢で移乗を試みることがあったことなどの事情について十分に認識していた」。すなわち、本件事故当時Yは、Xが上記のような「日常的な自立歩行は困難であるものの、ある程度の挙動傾向」のある対象者であると認識し、Xの転倒の危険が高いことの予見も可能であった。

しかし、Xの入浴介助の担当者は、Xを自らの側に移動させてその様子をうかがってはいたものの、Xを不安定なパートナー椅子(入浴補助用簡易車いす)に座らせたままの状態で、他の担当者に見守りを依頼することもせず、一時的にXから目を離して別の利用者の洗身を手伝っていた。このような事実関係の下では、Yが「高度の注意」を払ったとはいえず、注意義務に違反したことは明らかである(なお、上記のような措置を取ることが人数的に困難であったとしても、そのことをもって介護事業者の担当者の注意義務が軽減されることにはならない)。

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ここまで見てきた裁判例においても、浴室内は特に重大な事故を引き起こす危険性の高いところとされており、介護事業者においてはできる限りの対策をして入浴介助を行える体制を整える必要があります。また、万が一事故が起きてしまったときに、誤った対応により損害を拡大させたり、ご利用者らの不信感を募らせたりしないように普段から準備しておくことも重要です。

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